平成28年の最高裁判所判決によって、被相続人の預貯金は遺産分割を経なければ払い戻しができなくなりました。いわゆる口座が凍結されてしまい、たとえ相続人であっても、自分の相続分だけであっても、遺産分割協議書か金融機関所定の相続届を金融機関に持って行かなければお金をおろすことができません。遺産分割協議をまとめることもしくは相続人全員の同意を得て相続届を作成することは相応の時間がかかります。相続人の数が多く、住所も遠方であれば数度の郵送のやりとりをするのにも数ヶ月を要すでしょう。ある実務家の話では遺産分割協議がまとまるまで1年以上かかった事例があるということを聞いたことがあります。

 被相続人の資産によって生計を維持していた相続人の生活費をまかなう必要があるときや、被相続人の債務を弁済する必要があるときや、葬儀費用の準備・支払いなど、亡くなった直後に必要となる資金を用意しなければいけないときに口座が凍結されたままでは支障があります。この点が平成30年の民法改正で見直され、909条の2が新しく設けられました。

 909条の2

  各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始時の債権額の3分の1に第九百条及び第九百一条の規定により算出した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。

 ポイントは次の点です。

 ・「法務省令で定める額」は150万円と定められました。

 ・「預貯金債権の債務者ごとに」=各金融機関ごとに150万円を限度として払い戻しを請求することができます。

 ・計算式  相続開始時の預貯金額 × 1/3 × 各法定相続分

 以下の事例で考えてみましょう。

  普通預金に600万円 定期預金に900万円 法定相続分が2分の1

   普通預金:600万円 × 1/3 × 1/2 = 100万円

   定期預金:900万円 × 1/3 × 1/2 = 150万円

  当ケースでは、普通預金(上限100万円)と定期預金(上限150万円)から合計150万円を上限として相続人単独で払い戻しを受けることができます。なお、普通預金だけから150万円を受けることはできません。金融機関に払い戻しを請求する際に必要な書類は法定されていませんが、・被相続人の死亡が分かるもの ・相続人が分かるもの ・払いの戻しを請求する人の法定相続分が分かるもの が考えられます。具体的には戸籍です。

 現実には、被相続人死亡直後に相続人である家族が、被相続人の口座が凍結される前にまとまった金額をATMで引き出して、当面の資金需要に対応するケースもあるでしょう。相続人間の仲が良く遺産分割で揉めることが無ければ問題ないのでしょうが、そうで無い場合は注意が必要です。また、相続放棄したくても、上記行為が遺産の一部の処分とみなされ放棄ができなくなる可能性もあります。相続発生の前後に、被相続人の口座からある程度のまとまったお金をおろす際には専門家に相談してみるのも安心できる方法の一つだと思います。